伝えたい事があるんだ。
                                
氷高 颯矢

 君に、伝えたい事があるんだ。
 あの日、君が僕に出会った日の事を、君は覚えてる?
 君がどんな道を歩いていこうとも、僕は君を見守っていたい。
 僕の全てをかけて、君を守ってあげる。
 君は僕の宝物だから…。

 〜八の月、空の日〜

 落ち着かない、気になる気持ちはあるけれど、
こればっかりはどうする事もできない。
「大丈夫ですよ、もうすぐ生まれますって…」
 予定より、少し遅れているのが、かなり気がかりで…。
「焦っても仕方ないですよ!」
「わかってるよ…でも、気になるんだよ。
リディアの事だって心配だし…」
 妻であるリディアは身体が弱い。
出産にだって耐えられないかもしれないと、さんざん言われていただけに、
心配は募る。
「こんな時、男は何の役にも立たないって事がよくわかったよ…」
 そうはいっても、一国の王としての仕事はこなさなければならない。
アーウィングは、その仕事をリディアの寝室につながる続きの間に
持ち込んでしていた。
隣では、妻が出産の苦しみに耐えているのに…と思うと、
仕事にもあまり心が入らない。
 ――その時だった。
「おぎゃあ、んぎゃあ…!」
「生まれた!」
 アーウィングは手にしていた書類を放りだし、
一目散に隣の部屋に駆け込んだ。
「あ〜あ…無茶苦茶して…
よっぽど嬉しいんだろうな、アーウィングの奴…」
 乳兄弟のフェンネルは、アーウィングのばら撒いた書類を集めた。
その顔は、やはり、喜びに満ちていた。
「リディア!」
「…あ、なた…」
「よく、がんばってくれたね…僕…僕…」
「泣かないで…」
 リディアは手を握りながら、喉をつまらせて泣くアーウィングの頬に、
もう一方の手で触れる。
透明な雫は綺麗な流れを作る。
「嬉しい時の涙だよ…こんな時は泣かせてよ?」
「ふふっ…アーウィングったら…」
 リディアは微笑む。アーウィングも涙を流したまま笑う。
「とても可愛らしい女の御子ですよ…」
 乳母のハンナが抱いて見せる。
「この子が…僕の…?」
 見て驚いた。その髪は空を映したような青だったからだ。
「驚いたでしょう?青の髪なんて…」
「すごいね…何て運の強い子なんだ…」
 青色の髪はめったに生まれない、
だから、この国では"聖色"とされている。
「抱いても…良い?」
「まだ首が据わってませんから、気をつけてください…」
 そっと受け取る。軽い。
「軽い…それに小さい…。なんか…すごいね。
命って、こんなに愛しいものなんだね…」
 指で頬に触れる、柔らかい。
すると、小さな手が指を握った。
「あっ…」
 目を開く。
吸い込まれそうな蒼い瞳、大きくて零れそうだ。
「目を、開けたよ。ほら…」
 リディアにも見せる。
「本当…」
 赤ちゃんは、リディアに向かって笑った。
「今…笑った…わかるのかしら?私が母親だって事…」
「そりゃ…そうだよ。君の子だもの…」
 アーウィングも笑う。
「名前…どうします?」
 男ならアーウィング、女ならリディアがつけようと約束していた。
「君の好きな名前でいいよ…」
「そう?それじゃあ…」
 その時、脳裏にアーウィングの涙が浮かんだ。
綺麗、そう思った。
その涙の雫とこの瞳の蒼がリディアに一つの名前を紡がせた。
「ティア…ティアニス、というのはどうかしら?」
「ティアニス…良い名前だ。この子はティアニスだ!」
 
 ――こうして、王女・ティアニスはこの世に生を受けた。


 〜三年後〜

 アーウィングは、相変わらず執務に追われていた。
妻であるリディアは女王だが、こういった普段の仕事は
夫であるアーウィングの役目だった。
 かすかに扉を叩く音がした。
「どうぞ〜!」
 返事はない。
そして、一向に入ってくる気配がない。
「おかしいな…?」
 アーウィングが、仕事を手伝ってもらっているディルに
扉を開けるように促す。
「父様っ!」
 小さな女の子が駆け寄ってくる。
「ティア!」
「わぁい!父様だ!」
 アーウィングは娘を抱き上げた。
「どうした〜?また、ばあやに怒られたのか?」
「ううん、父様にあいたかったの…」
 肩に乗せるようにして抱いているので、娘を見上げる格好で笑う。
「そうか、最近はティアと遊ぶ時間なかったからなぁ…」
「おしごとばっかりしちゃヤなの…
ティア、父様と遊ぶのが一番好き♪」
 ぎゅっと頭に抱きつかれる。
「こらこら、わかったからやめなさい…」
「うん!」
 娘を降ろすと、今度は椅子に座り、その膝に乗せた。
「どうだ?ここはティアの特等席だぞ〜」
「そうよ、母様にだってあげないもん!」
「そうだね…でもなティア、父様は実は全部が母様のものなんだよ?」
 娘はびっくりした顔をして、次に泣きそうになった。
「ティアの父様なのー!」
「あぁ…そう、そうだね。父様はティアの父様だもんな?
世界で一番ティアの事を大好きなのは父様だしね〜?」
「そうなの!ティアも父様が大好き〜!」
 アーウィングは娘を抱きしめる。
「ぎゅーってするの、ティアも、父様にぎゅー!」
「ありがとう、ティア。そうだ!何して遊ぶ?」
 もう執務は中断せざるを得ない。
心得ているのか、ディルは書類を持って続きの間に避難していた。
きっと、今日の仕事は全部そこでやってしまうのだろう…。
 アーウィングは、つくづく良い部下を持って幸せだと、心からそう思った。
「ティア、ご本よんでほしいの〜。でも、わすれてきちゃった…」
 エヘヘッと笑う。それが何とも言えず愛らしい。
「そうか〜忘れてきちゃったのか…」
「うん…でもね、いいの!ティアおうた歌う!父様もうたお?」
「いいよ〜。父様の知ってる歌にしてくれよ〜?」
「じゃあ、いつものあのおうたがいい!」
「子守唄か…いいね…」
 それは、いつも歌っている子守唄のことだった。
アーウィングも教えてもらって知っている。
妻であるリディアが眠っているアーウィングに聴かせたのが最初で、
今では、娘に聴かせてやっている。
「ティア、父様のうた、大好き」

 君が好きだといったあの歌を、君は覚えていますか?
 君の小さな手を握りながら歌ったよね?
 君が眠りに落ちるまで、ずっと歌っていたことを…。
 君の幸せを祈りながら…。

 〜六年後〜

 いつもなら、いるはずの人が居ない。
それだけで、寂しくツライ。


 身体の弱い妻は、娘を連れてフィーネという山里の村に療養に行った。
空気の綺麗な場所で、たくさんの緑に囲まれれば、
少しは病気も良くなるだろうと、
自分で勧めておいてこのザマである。
(情けないなぁ…これじゃあ、まるでティアみたいだ…)
 娘の事を思う。
最後まで行きたくないと言い張っていた。
三人じゃないとイヤだと…。
「でも、僕が残らない事には、仕事ができないからね…」
 ため息をつく。

 この話をしたのには、理由がある。
偶然、知ってしまったから。
妻の大切な人が、その村にいるらしいことを…。
「本当なの?」
「それはわからない…フェンネルの話だと、
そこに良く似た人がいるらしい…。
でも、あくまでも本人かは実際に会ってみないとわからないよ?」
「でも…」
 妻のリディアは震えていた。
「大丈夫、後のことは僕に任せればいい…僕にも責任がある。
あの時、僕がもっと強く働きかけていれば、
こんな事にはならなかったかもしれないしね?」
「そんな事…貴方は悪くないわ…私が、弱かったから…」
「ねぇ…泣かないで?僕に任せて…ね?」
 リディアは抱きしめられた腕の中で頷いた。
「ティアは…?」
「連れていってあげて。
僕も昔、母上と離宮で過ごした思い出がある。
いい経験になると思うよ?」
「ええ、そうね…」
 その話を娘にした時、娘はこう言った。
「お父様は行かないの?」
 きっと、一緒に行くと思っていたのだろう、嬉しそうにそう訊いてきた。
「父様は残ってお仕事だ」
「じゃあ、ティア行かない!」
 怒ってしまった。
「じゃあ、母様は一人ぼっちになっちゃうぞ?」
「…それはダメ!三人一緒じゃなきゃヤダ〜!」
「でもな、ティア。
もしかしたら、向こうで"お友達"ができるかもしれないぞ?」
 できるだけ、優しい声で話す。
「お友達?」
「そうだよ?父様とフェンネルみたいに
仲良しな二人を"お友達"と言うんだよ。
いつもティアと遊んでくれて、
もしもティアが困ってたら助けてくれる、
そんな人の事だよ」
「ティア、お友達が欲しい!」
 パッと表情が明るくなった。
「そうだよ、でもその人が困ってるときは、
ティアもその人のことを助けてあげないといけないんだよ?」
「うん、ティア助けてあげるよ?」
 娘の頭を撫でてやる。
イイ子だ。
「よし!じゃあ、父様がお友達の作り方を教えてあげよう…」
「うん!」
 真剣な表情になる。
それが何故か可笑しい。
「まずは笑顔だ!」
「笑顔?」
「そう、『お友達になりたいな』って思う子がいたら、
その子に向かって笑いかけてやるんだ。
そうすると、相手は『自分のこと好きなのかな?』って思う。
そしたら、相手もきっと『ティアとお友達になりたい』って思うはずだよ。
何と言ってもティアは可愛いから、
誰だってティアが笑いかけてくれたら嬉しくなるよ?」
 娘は、照れくさいのか顔を紅くした。
「それから、素直に自分の気持ちを話す事。
どうして自分はこうしたいのか、ハッキリ、
自分が思っている事を相手に伝えるんだ。
本当の友達に、嘘をついたらいけないよ。
正直に、自分の気持ちを伝えれば、きっと相手はわかってくれる」
「うん!わかった!」
「そう、その笑顔だ!」
 こうして、二人は旅立つ事になった。

 ――そして、運命の輪は残酷にも回り出してしまった。


 君には、いつも笑っていて欲しい。
 僕は君の幸せを見守るよ?
 たとえ、離れていても君のそばにいる。
 君が悲しいと一緒に泣いて、
嬉しいと共に喜びを分かち合おう。

 晴れの日には、風になって君の髪を優しく撫でるだろう。
 雨の日には、木になって雨から君を守るだろう。
 君は僕に神様がくれた地上の星。
 いつまでも、どんなときも、君を愛すると誓うよ。
 君は僕の宝物だから。
 僕と愛する人の間に生まれた愛の証だから。
 君が、幸せであるように…。

この最後の詩はアーウィングの遺書のようなものだと思ってください。
彼が全てを賭けて護るべき者はリディアとティアニスの二人ですが、
リディアとは永遠に傍に居て愛するべき存在、
ティアニスとは離れていても愛し見守っていく存在なのです。
だから、リディアに向けてのメッセージがないのはずっと隣に、
傍に居るからということです。

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